ソクラテスも聴いていたスピリットガイドの導き「ダイモーン」

10年後も信頼される

国際認定スピリチュアリストの

教育専門家 叶 礼美(かないれみ)です。

 

 

ソクラテスというと「無知の知」や「問答法」という言葉をどこかで聞いたことがある方も多いと思いますが、 今回はほとんど知られることのない「ダイモーン」について書いてきたいと思います。

 

 

古代ギリシア哲学者・ソクラテスが語った「魂の声」

今日は、実はソクラテスが

 

「高次の神的な存在の声を聴いていた」

 

ということをお話します。

 

 

ソクラテスというと「無知の知」や「問答法」がよく知られています。

 

が、彼が大事な場面で語っているにも関わらず、ほとんど世の中から注意を払われていない存在があります。

 

それが、ダイモーンという存在です。

 

ダイモーンは、古代ギリシアにおいては、「神的な何か」という意味だそうです。

 

ソクラテスは昔から、「超自然的・神的な合図」を受け取ることがあったそうなんです。

 

しかもソクラテスの場合は、ダイモーンが何かを助言する形ではなく、常に「禁止」「制止」する形で現れるのだと。

 

 

ご存知の方も多いと思いますが、ソクラテスは、弟子がアポロン神殿の巫女から聞いた「ソクラテス以上の知者はいない」という言葉を聞き、

 

「自分はものを知らないが、神がそういったなら、それが本当か確かめてみよう」と言って、アテネの街で、誰彼構わず、当時の有力な人々にも手当たり次第、質問をしていったと言われています。

 

そして、自分はものを知らないと思っているけれども、知っているふりをしたり、知っていると思いこんでいる人たちよりも、知らないということを知っているぶん彼らよりも賢い、ということに気づきます。これが、無知の知。

 

 

ところが、誰でも彼でも、質問をし続け、議論を吹っ掛け続けた結果、ソクラテスは

 

「人々を惑わし、国家の神々を信じずに新しい神霊を信じるという、不敬の罪」

 

により、死刑を言い渡されます。

 

ソクラテスは堂々と、牢獄に囚われます。国外逃亡を勧める友人(弟子)が、ソクラテスを説得しようとしますが、ソクラテスは頑として聞かずに「死刑をそのまま受け入れる」と言います。

 

その理由となったのが、この「ダイモーン」の存在でした。

 

ソクラテスにとって、この「神的な」存在は、どのように彼に影響を及ぼしたのでしょう。

 

 

ソクラテスが聞いた神的な存在のお告げ

 

 

「私の聴き慣れたダイモーンの声の予言的警告は、私の生涯を通じて今に至るまで、常に幾度も幾度も聞こえてきて、特に私が何か曲がったことをしようとする時には、それが極めて些細な事柄であっても、いつも私を制止するのだった。

 

 

しかるに今度は、…私はそうした神からの警告のセーメイオン(徴(しるし))に接することがなかったのである。」

(プラトン著、岩波文庫『ソクラテスの弁明』、久保勉訳、P56)

 

 

たとえ些細な事であってもソクラテスが何か間違ったことをしそうになれば、常に即「制止」をしてくる「ダイモーン」。

 

でも、この死刑を宣告されても、牢獄にくることも全く「制止」しなかった。

 

だから、牢獄にいて死刑を甘んじて受けるということは自分にとって「そうすべきことだ」と言ったのです。

 

超然としていますね。

 

ソクラテスは「死」について、こうも言っています。

 

「身体の楽しみを得たいがために長生きしたいと思うのと、魂のために活きて死ぬほうだったら、後者が本当に知を愛する(フィロ・ソフィア=愛知)者の態度だ」…。

 

この哲学者としての態度はかえって、裁判員を怒らせたと言います。

 

でも、世の中ではソクラテスの哲学や言葉はとても知られているのに、この「ダイモーン」による「神的なしるし」についての研究や書籍はあまりなさそうに思われます。

 

不思議ですね。

確かめようがないので、放っておかれているんでしょうか。

 

ダイモーンという言葉は、のちにキリスト教が入ってきて、デーモン(悪魔)などと一緒にされていったようですが、古代ギリシアでのダイモーンは、もともとそんなおどろおどろしいものじゃないんですよね。

 

神と人との中間に位置する、「神的な」存在、それによるお告げ、ということ。

 

古代ギリシアでは、善なるダイモーンと、悪なるダイモーン、両方の交流があって、善なるダイモーンはよい影響を与え、悪なるダイモーンは、よくない影響を与える。という理解であったようです。

 

私自身も、「声」に守られたり、助言を受けたり、危ない状況を避けたりした体験があったので、

 

ソクラテスが死刑を甘んじて受け入れるくだりを初めて読んだときは、

 

おおっ!これはスピリットガイド!

 

と、驚いてしまいました。

 

それから、ソクラテスは、「死がどんなものか知らないのだから、それを恐れることもない」と言います。

 

知らないので、死んで終わりとなれば、それはそれでよし。

 

死んで存続するとなれば、冥府でちゃんとした審判を受けられるし、既にあちらの世界へ旅立った偉人たちに会えるから、どちらにしてもよい、と。

 

なんだかひょうひょうとして、いかにもソクラテスという感じがしますよね。

 

 

 

 

今回は古代ギリシアのことをお伝えしました。
今後もラオス、エジプトなどのことも書いていきたいと思います。

一見、関係無いところに、いろいろと道草をしているように思われるかもしれませんが、大切な道草なんです(笑)

 

スピリチュアリティが、実はこの現実の世界と並行して存在しており、ソクラテスのように、見えないレベルで、人の人生に大きな影響を及ぼしているもの、ということ。

 

そして人類の霊性という分野を、より連続した大きな人類史的なスケールで理解いただけたらいいな、視野を広げていただけたら嬉しい。

そんな風に思いながら、この記事を書いています。

 

今後もスピリチュアリティについて、いろいろな観点から書いていきますので

楽しみになさっていてくださいね。

 

 

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